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2014年8月21日 (木)

防長年少第一流

ブログのタイトル「防長年少第一流」というのは、吉田松陰(以下「松陰先生」)が久坂玄瑞を評した言葉です。

玄瑞が松陰先生に初めて教えを請う手紙を出したのは、安政3年の5月下旬のこと。

そして、翌安政4年12月5日に松陰先生の妹・文と結婚することになります。

この時、松陰先生は文に送った言葉の中に「防長年少第一流」の文字が出てきます。


「久坂玄瑞、防長年少第一流人物、固亦天下之英才矣哉」
(久坂玄瑞は防長の年少者の中でも第一流の人物だ。もちろんまた天下の英才である)


また、安政6年3月、松陰先生と玄瑞は絶交状態にありましたが、そんな時でも松陰先生は、


「日下(久坂)は防長年少第一流の才気のある男」


と書簡(安政6年3月29日付、小田村伊之助、久保清太郎、玄瑞宛て)に記し、評価を変えていません。


玄瑞がそのように松陰先生に評価されていたことは、当然のことながら他の門下生も知っていました。

そして、玄瑞とともに「松陰門下の双璧」といわれた高杉晋作は、玄瑞を弔う漢詩を残していますが、その最後を「不負少年第一流」という言葉で締めくくっています。


埋骨皇城骨更香
当時苦節震吾洲
知君卓立同盟裏
不負少年第一流


松陰先生が高く評価し、高杉が最後まで認めていた久坂玄瑞。
もっと深く知りたくなるのは、無理もないことなのかな~って思っています(笑)

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